1. はじめに:なぜ今、「東京エレクトロン」なのか?
今、株式市場や日々のニュースで「AI(人工知能)」や「半導体」という言葉を聞かない日はありません。そのAIを動かす「頭脳」にあたる高性能な半導体は、一体どうやって作られるのでしょうか。ここで登場するのが、東京エレクトロン(銘柄コード:8035)のような「半導体製造装置(SPE)」メーカーです。彼らがいなければ、現代社会を支える半導体は、文字通り1チップたりとも作れません。
東京エレクトロンは、この半導体製造装置の分野で日本最大手であり、世界でもトップクラスの企業です。AIブームの恩恵を最も受ける企業の一つとして、投資家の大きな注目を集めてきました。
しかし、AIの将来性は抜群に見える一方で、同社の株価は高値から一服し、足踏みしているようにも見えます。さらに、最新の決算発表では、市場全体の好調さとは裏腹に、自社の短期的な見通しを慎重に引き下げる場面もありました。
「AIへの長期的な期待」と「足元の業績に対する懸念」が複雑に混在する今、投資を始めたばかりの方や、これから検討している方にとって、この状況をどう読み解けばよいのでしょうか。
本記事では、最新の決算資料や公開されている業界データを翻訳しながら、東京エレクトロンの「今、どのような状況にあるか」を、専門的な視点から分かりやすく解き明かしていきます。
2. 企業の「実力」分析:業績と財務の「今」
企業の「今」を知る上で最も重要なのは、足元の「業績」です。ここでは、最新の決算内容を読み解き、同社の実力を分析します。
2-1. 最新業績(2026年3月期第1四半期)
同社が2025年7月31日に発表した最新の決算(2026年3月期 第1四半期、つまり2025年4月~6月期)を見ると、売上高は5,495億円でした。これは、直前の四半期(2025年1月~3月期)と比べて16.1%の減少となり、一見すると「不調」に見えるかもしれません。
しかし、決算資料を詳しく見ると、その背景が説明されています。これは、顧客である半導体メーカー側の「設備投資の一服感」があったためです。特に、前の四半期に集中して発注があったDRAM(データを一時的に記憶する半導体)向けの売上が、その反動で減少したことが響いています。
半導体製造装置のような一点数億~数十億円もする「高額な機械」の売上は、顧客の工場建設や投資のタイミングによって、四半期ごとに大きく変動(ゴツゴツした動き)するのが特徴です。投資初心者が注目すべきは、短期的な売上の増減そのものよりも、「なぜ増減したのか」という背景です。今回の減少は、需要が消滅したわけではなく、あくまで「需要の波(サイクル)」の結果であると会社側は説明しています。
2-2. 経営陣が見通す「市場全体」と「自社」のギャップ
今回の決算発表で、投資家が最も注目し、そして混乱したであろう点がここにあります。
データ①(明るい市場): 同社の経営陣は、CY2025(2025年1月~12月)の半導体製造装置(WFE)市場全体の規模について、従来の1,100億ドルという予測から1,150億ドルへと「上方修正」しました。これは、AI需要などを背景に、市場全体が非常に活況であることを示しています。
データ②(慎重な自社): ところが同時に、自社の業績に連動するFY2026(2026年1月~12月)のWFE市場見通しについては、従来予測から転じ、「前年比マイナス5%成長」へと「下方修正」しました。
「市場全体は好調(データ①)」なのに「自社の見通しは慎重(データ②)」というのは、一見すると矛盾しています。これは一体どういうことでしょうか。
経営陣の説明を咀嚼すると、理由は大きく「タイミングのズレ」と「顧客構成の偏り」の2点にあります。
- タイミングのズレ: AI向けの投資は長期的に見れば非常に強いものの、CY2026年の前半(2026年1月~6月)に限っては、一部の顧客(先端の計算用半導体やNANDメモリ)が投資のタイミングを「一旦見直す」動きが出ている、と分析しています。
- 顧客構成の偏り: そして、より重要なのがこちらです。FY2026の見通しを下方修正した直接的な要因として、「中国の新興半導体メーカーによるレガシー投資の縮小」を挙げています。レガシーとは、AI向けのような最先端ではない、旧世代の半導体のことです。
つまり、東京エレクトロンが直面しているのは、「AIブームの終焉」というわけではなく、①これまで業績を支えていた「中国の旧世代半導体向け投資」という特定の分野が調整局面に入り、②本命である「次世代AI向け投資」が本格化する(会社側はCY2026年後半と予測)までの「一時的なギャップ(谷間)」にいる、というのが会社側の主張の核心です。
2-3. 収益の柱と強さの源泉(事業セグメント)
では、同社は「何に」使われる半導体を作る装置で稼いでいるのでしょうか。最新のデータ(2025年4月~6月期)によると、SPE(半導体製造装置)新規装置の売上構成は以下の通りです。
- 非メモリ(ロジック等):64% (AIのGPUやスマホのCPUなど「計算」用)
- DRAM:26% (AIのHBMやPCのメモリなど「短期記憶」用)
- 不揮発性メモリ(NAND等):10% (SSDなど「長期保存」用)
この数字が示すのは、売上の実に9割(64% + 26%)が、AIサーバーの性能に不可欠な「計算(ロジック)」と「短期記憶(DRAM)」向けの装置であるという事実です。これが、同社が「AI関連銘柄」と呼ばれる最大の理由です。
さらに、同社の「強さ」は、現在の収益構造がトレンドと合致している点に加え、競合他社に対する「次の飯のタネ」を継続的に開発・投入できている高い技術開発力にあります。
- 例①:新型成膜装置「Episode™ 1」AI半導体のさらなる進化(微細化)に不可欠な、新型の成膜装置(半導体の上に薄い膜を作る装置)を2024年7月にリリースしています。
- 例②:新技術「クライオジェニックエッチング」大容量SSDなどに使われる3D NAND(半導体を立体的に積み重ねる技術)の製造において、課題となっていた「穴掘り(エッチング)」工程があります。同社は、極低温(マイナス数十度)環境を利用する新技術「クライオジェニックエッチング」を開発しました。これは、従来比2.5倍の速さで、よりまっすぐに穴を掘れるだけでなく、消費電力を40%以上削減し、地球温暖化係数(GWP)の高いガスも使わずに済むという画期的な技術です。400層を超えるような次世代メモリの製造コスト削減に大きく貢献するため、半導体メーカーにとって「この装置を使わなければ競合に勝てない」という強い導入理由になります。これが同社の技術的な「堀(ほり)」、すなわち参入障壁であり、強さの源泉となっています。
2-4. 為替(円安)の影響は?
同社の事業、特に半導体製造装置(EC事業)は、ドル建てでの取引や、ドル価格に連動した円建て取引の割合が大きいです。
非常にシンプルに言えば、「円安」は同社の(会計上の)利益を増やす要因に、「円高」は利益を減らす要因になります(※一部例外あり)。したがって、投資家は、為替の動きが同社の業績見通しに影響を与える可能性があることを、常に念頭に置いておく必要があります。
3. 企業を取り巻く「環境」分析
企業の業績は、自社の努力(実力)だけでなく、市場全体や競合他社といった「環境」にも大きく左右されます。
3-1. 市場全体の追い風:AIブームは本物か?
東京エレクトロンの経営陣は「AIブームは本物だ」と主張していますが、それは自社に都合の良い「ポジショントーク」ではないでしょうか。ここで、外部の客観的なデータを見てみましょう。
- 業界団体の見通し:国際的な半導体製造装置の業界団体であるSEMIは、2025年7月24日に最新の予測を発表しました。それによれば、世界の半導体製造装置市場は、2025年に1,255億ドル、2026年には1,381億ドルに達し、2年連続で過去最高を更新すると予測されています。
- 競合他社の動向:同社の主要なライバル企業である、米国のラムリサーチ(Lam Research)も、2025年7月30日に市場予想を上回る好調な決算を発表しました。その好調の理由として、明確に「AIの普及による先端半導体向けの製造装置需要の増加」を挙げています。
これらの外部情報を総合すると、東京エレクトロンが直面している「短期的な調整」は、あくまで同社固有の顧客事情(中国の旧世代機向け投資の縮小など)によるものであり、業界全体を覆う「AIブーム」という大きな潮流は、本物である可能性が極めて高いと判断できます。
3-2. 最大のリスク要因:中国ビジネスの行方
追い風ばかりではありません。同社にとって最大のリスク要因も明確になっています。それは「中国市場への高い依存度」です。
最新の決算(2025年4月~6月期)において、同社の売上のうち、実に 38.6%が中国向けです。これは特定の国としては最大の割合であり、極めて高い依存度です。
そして前述の通り、経営陣が短期的な見通しを下方修正した最大の理由が、まさにこの「中国新興半導体メーカーによるレガシー投資の縮小」でした。
つまり、中国市場は、これまで同社の業績を強力に引っ張ってきた「エンジン」であったと同時に、現在は米中間の貿易摩擦の激化や、中国国内の投資意欲の減退によって、業績の足を引っ張る「最大のリスク要因」へと変わりつつあるのです。投資家は、米国の対中輸出規制や中国の景気に関するニュースが、同社の業績に直結することを強く意識する必要があります。
投資家が意識する「上値」と「下値」のめど
多くの投資家が「この価格を抜けたら強い」「この価格で止まるはず」と意識する価格帯(節目)があります。テクニカル分析の一種である「ピボットポイント」を見ると、
- 下値のめど(サポート): おおむね 32,670円 ~ 32,760円 付近に、最初の「支え」となるラインが意識されています。
- 上値のめど(レジスタンス): おおむね 33,150円 ~ 33,240円 付近に、最初の「壁」となるラインが意識されています。
現在の株価は、まさにこの「下値のめど」付近で推移しており、ここで反発できるかどうかが短期的な焦点となっていることが分かります。
5. 結論:今後の見通しと投資家が注目すべき点
最後に、これまでの「実力」「環境」「値動き」の分析をすべて統合し、今後の見通しをまとめます。
5-1. 短期・中期・長期の展望
- 短期(1~3ヶ月程度):経営陣が自ら示した「FY2026の慎重な見通し(下方修正)」という慎重な見通しを、市場が消化する期間となります。特に「中国のレガシー投資縮小」や「NANDメモリの調整」が続くため、業績面でのポジティブな驚きは期待しにくい状況です。株価は、明確な方向感に欠ける(レンジ相場)展開も想定されます。
- 中期(半年~1年程度):「顧客の設備投資」がいつ本格的に再開するかが最大の焦点です。NANDメモリなどの半導体市況が底を打ち、半導体メーカーが「やはり新しい装置への投資が必要だ」と判断するタイミングが鍵となります。
- 長期(1年以上):ここが東京エレクトロンの最大の投資魅力となります。経営陣が「長期的な流れは一切変わっていない」と断言した「AIサーバー向け投資」が、会社側の予測通り「CY2026年後半から拡大していく」かどうかにかかっています。次世代のGPU(計算用半導体)やHBM(AI向けメモリ)といった最先端半導体の製造には、同社の最先端装置が不可欠です。この巨大な需要が本格化すれば、同社は再び力強い成長軌道に乗る可能性が高いと見られています。
5-2. 今後、株価が「上昇する場合」の注目点
投資家が今後、特に注目すべき点(株価上昇の要因)は以下の通りです。
- (業績) 四半期決算が、会社側の「慎重な通期見通し」を上回る実績を出した時。これは「調整が想定より早く終わった」という強力なサインになります。
- (市場) NANDフラッシュやDRAMといった「メモリ半導体」の価格が、市場で上昇に転じたというニュース。これは、半導体メーカーの投資意欲回復(=装置の発注)の先行指標となります。
- (AI関連) TSMC、インテル、サムスンといった世界の半導体大手が、「AI向け」として新たな大規模工場の建設(設備投資)を具体的に発表するニュース。
5-3. 今後、株価が「下落する場合」の注目点
一方で、以下のような点(株価下落の要因)には注意が必要です。
- (中国リスク) 中国向け売上(全社の38.6%を占める)が、想定以上に落ち込んだ場合。または、米中対立の激化により、同社の事業を制限するような新たな輸出規制が課された場合。
- (タイミング) 経営陣が期待する「CY2026年後半からのAI投資本格化」が、さらに後ろ倒しになる(例:「CY2027年から」など)という見方が市場で強まった場合。
- (競争) ラムリサーチやアプライド・マテリアルズといった競合他社が、東京エレクトロンの優位性(例:クライオジェニックエッチング)を覆すような、画期的な新技術や新製品を発表した場合。
6. 免責事項
本記事は、情報提供のみを目的としており、いかなる有価証券の売買も推奨するものではありません。投資に関する最終決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。